食べてから、考えよう!

自分の周辺半径100人ぐらいを健康にするのが夢

食事で自分が変わると確信した10のこと

 

いや〜〜それはそれは、ひどいものだったわい。

 

人間だれでも生きていれば転換期が訪れるものと思うけど、

わたしの転換期はまさに去年の末〜今年の春にかけて。

 

相次いで目の前に現れる不幸な出来事をひとつひとつこなすので精一杯だったのだ。

少し落ち着いて、今に至る。

 

ひとつずつやっつけてる間に、

大事なものって、そう多くはないってことに気づく。

じゃあ、わたしにとって大事なものって?

 

断言できる。

〈きちんと食べる〉ことだったのです。

 

ブログをやるきっかけになったことも含めて今日は振り返りをしてみようっと。

 

 

 

 

〈目次〉

 

 

 

1.父の死(肝臓が原因)

年末、父が亡くなりました。63歳。

まだまだ若かったと思うけど、数年前から肝臓を悪くしていました。

昔っからの大酒飲み。毎晩毎晩晩酌しては、酔っ払って母を困らせていた。

 

公務員だった父は、早期定年退職後は嘱託の仕事に就いていたのだけど、

体調が悪くてそれも退職していたらしい。

らしいっていうのは、わたしは離れて暮らしているので、退職した事実は知っていたけど理由は知らなかったから。

いや、知るタイミングはあったはずだったのに、知ろうとしなかった、のかな。。

 

長年働いていたという張り合いが無くなったのと、体調の悪さで、ますますお酒の量が多くなります。

病院には一切行きませんでした。頑固でした。

今思えば、無理やりにでも連れて行けたと思うけど、無口で頑固で母とは家庭内別居です。

友達も、多くはありません。わたしが、無理やり連れて行けばよかったと、たぶんずっと引きずるでしょう。

 

亡くなったのは家の中でした。

夜中トイレで。発見は朝。母が。

肝臓が悪くなった、末期症状でした。

 

父は、最後は何も食べずとても痩せていたらしいです。

食べれなかったのに、お酒は飲んでいた。

きちんとバランス良く食べて日頃から健康に気を遣っていたら、こんなに早く亡くならなかった。退職後に趣味を持ったり、もっと人生を楽しめたはず。

いくら家庭内別居でも、少しでもなんかしてあげられなかったのかと母を恨みました。

父をこんな大酒飲みにして肝臓まで悪くさせたお酒を恨みました。

 

棺に入った父は、とても痩せていて年齢よりも老けて見えました。

肝臓が悪い証である眉間のシワが深く入っていたせいもあるかもしれません。

父は幸せだったでしょうか。

せめて、わたしの手料理でも食べさせたかった。

 

こんなに早く亡くなるのは、生活習慣と環境が原因だと、確信しました。

 

 

2.母の大病(心不全

父が亡くなって2週間。

それまでは葬儀や手続きや来客の対応に追われ、とても忙しい日々を過ごしました。

根っからの専業主婦である母は、そんな手続きが不慣れで何もできません。

わたしは仕事を忌引と有休で休み、忙しく立ち回ります。

 

わたしが仕事復帰して数日たった真夜中のある日、母が救急搬送されたと連絡が入ります。

1時間車を走らせてたどり着いた病院で、衝撃の事実を聞かされます。

 

残念ですが、お母さんは朝まで持ちません。心臓がとても弱っていて、肺に水も入っています。今は管が身体中に繋がれていますが、このままで最後を迎えないよう、すこし綺麗にします。

 

衝撃で、目の前が真っ暗に、胃がギリギリと痛み出しました。わたしはたったの2週間で、両親をどちらも亡くすのだと、目の前に差し出された事実を理解できませんでした。

 

長年放っておいた高血圧が原因の心筋症。

それが増悪して急性心不全に陥ったとのこと。

 

棺に入った父もそうだったけど、

身体中に管を繋がれた母も、わたしが知る家族ではなく、まるで別人。

どうして、どうして2人はこんなことになってしまったのだろうと絶望します。

 

 

3.奇跡の生還

朝まで持たないと言われ、覚悟をしながらICUで寄り添っていたのですが、なんと翌朝奇跡的に意識を取り戻します。

 

ですが、相変わらず気管挿管(口に管が入っていて全身麻酔の状態)のため、意識は戻ったり、戻らなかったりの繰り返しです。

もちろん、全身麻酔なので飲んだり食べたりも一切できません。

それよりも、身体中に酸素を送って肺の水を抜くのが先決だからです。

点滴で、必要最低限のカロリーを取り生かされています。

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見苦しい写真ですが、点滴のそばに〈絶食〉というピンクの札が下げられています。しょうがないことなんだけど、このピンクの札、見るたびに精神的にキツかった。

なにも食べられないんだ、この点滴を抜いたら死んでしまうんだ。

という絶望と悲観でしょうか。

父と同じじゃん、と思いました。

 

 

4.意識が戻ってからの絶飲食

約2週間ICUで上のような状態で生かされたあと、状況が落ち着いたので1人部屋の一般病棟に移ります。

 

長いこと気管挿管をしていると良くないそうなので、首元に穴を開ける手術をし、そこから人工呼吸器を取り付けるようになりました。

そうすると、全身麻酔ではないので意識が戻ります。

 

幸い脳になんの障害もなく、自分が救急搬送されたときの記憶もはっきりしています。

私たち娘の生活を心配するぐらいです。

脳に障害がないのは、とても運が良かったです。

 

しかし約2週間の絶飲食で、目も当てられないほどガリガリに痩せています。

身長158センチに対し、36.5キロしかありませんでした。

 このまま点滴だけで生きていけるのかと心配になるし、本人もお腹が空いたと繰り返し言います。

 

病院は、決まった時間に食事が配膳されますが、いくら病院食は美味しくないとは言っても、約2週間なにも食べていない人にとってその美味しそうなにおいがどれだけ辛かったでしょうか。

 

気晴らしに病室のテレビをつければ、おいしそうなグルメ特集。チャンネルを変えドラマを見るも、その食卓シーンですら辛く感じます。

 

正しい処置をしてもらっているからしょうがないんだけど、娘の私たちとしてはガリガリに痩せている母親が、食べたい食べたいと訴えているのは精神的にとてもキツイものがありました。

はやく食べさせたい。口から食べれば必ず元気になるはずだと確信します。

 

 

5.主治医からの話

母の主治医からこんな話をされます。

 

「お母さんの普段の食生活を教えてください」

 

「一緒に住んでいないので詳しくは分かりませんが、子供たちが独立してからは、きちんとしたものではなかったと思います。」

 

「具体的には?」

 

「野菜は食べていません。肉も嫌いでした。たまに帰ったときはバランスのとれた食事を用意してくれますが、普段はおつまみとお酒だけという生活だと思います」

 

言っていて、娘として恥ずかしく感じます。

 

「それが高血圧をさらに悪くさせ、心不全に陥ったのだと思います。食生活をきちんとして定期検診にさえ行っていればこんなことにはならなかった。」

 

母は元々、料理好きの料理上手です。

子供の頃は四季の行事食を必ず作ってくれたし、お弁当はまわりの友達が羨むほどの美味しそうなものでした。

しかしそれは食べてくれる人があっての話。

父と家庭内別居していたし、父は母の作った料理は絶対に食べてくれないので、母は自然と自分のぶんだけ用意するようになりました。

 

手の抜きまくった結果が、おつまみとお酒だけです。

どうしてそうなったんだ、と娘として本当に恥ずかしくなります。

 

主治医の先生がこんなことを話してくれました。

 

「現代には、西洋医学と東洋医学という考えがあります。わたしたちは西洋医学をもとにした病院です。西洋医学の考えというのは、悪くなったら検査をして、その結果の数字を見て処置をする。

東洋医学は、病気になる前の未病という段階から、不調を捉えて病気にならないようにする。という考えです。」

 

「西洋医学は、数字が同じであればたとえ太った患者さんにも痩せた患者さんにも同じ処置が施されます。

しかし東洋医学は、その人自体を見るので同じ処置にはなりません。

 

「どちらが良い悪いではなく、どちらのいいところも取り入れるのがベストだと僕は思います。お母さんは、こんなことになるまえに未病の段階で十分改善できた

 

頭を打たれたような感覚でした。

ちゃんと自分で管理してたらこんなことにならなかったじゃん母!と。なんで!と。

父の死も絶対に改善できたと確信します。

 

治るまで行かずとも、寿命が数ヶ月や数年伸びたでしょう。

死ぬかもしれない状況に陥ると、ほんの数分でも数時間でも寿命が伸びてほしいと懇願するから

 

 

6.絶飲食後の初めての食事

初めての食事はゼリーに始まり、おかゆ、どろどろにしたおかず、を経て通常食になります。

 

1日に、たった1つのゼリーから慣らしていくのですが、食べたあとの母は本当に嬉しそうです。

胃が慣れていないので、ゼリー1つだけでもおなかいっぱいになってしまいますが、なにより気持ちがしっかりしてきました。

完食したあと、

「ああ〜、気持ちがいいなぁ〜〜」と言って、ベッドで手足いっぱいに伸びをしていたのが印象的でした。

本当に嬉しかったんだと思います。

 

それからおかゆ・どろどろのおかずを毎食食べていくなかで、母のほんの少しの変化を目の当たりにします。

 

すこーしだけ、太ってきた(肌にハリが出てきた)し、ポジティブなことを口にするようになりました。

それまで骨と皮だけで、骨から皮膚がだらーんと垂れ下がるぐらいたるみ、見た目は骨人間だったのに、

ちゃんと骨と皮の間に筋肉があるように見えます。

リハビリの効果もあるのだけれど、食べたら体重もすこーーしずつ戻ってきました。

 

それまで、大病を患ってしまったという絶望からネガティヴになっていたのですが、

退院したらあれしたいこれしたいとポジティブなことを言うようになりました。

 

口から食べるということは、

体にも心にもこんなことをもたらしてくれるのかと感動しました。

 

 

7.退院後の食生活

思ったほど長引かず退院させられました。

ベッドの空きがないから。

 

これからは家での生活になります。

わたしも仕事を介護休暇に切り替え、一緒に過ごして看病に徹します。

 

家に帰ってきたはいいものの、体重は相変わらず37キロ。

階段を登っては疲れ、疲れて疲れて着替えすらできない。すぐソファに横になる。

しょうがないよね。

 

毎食わたしが作っていたのですが、心がけていたことがいくつかあります。

・塩分は一食2g以下にすること

・加工食品はできるだけ使わないこと

・彩りを良くすること

・わたしが元どおり実家を離れてもきちんと食べてくれる生活のベースをつくること

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どんなに手がかかってもいいから、食べる喜びを再度思い出してもらおうと思いました。

母のためもあるけど、何もしてあげられなかった父の分も、と思っていました。

 

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 野菜中心で、薬膳食材もすこし取り入れました。

ハトムギ・紅花・朝鮮人参・クコノミなどです。

 

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すごく喜んでたべてくれたので、作りがいもありました。

 

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8.母の変化

飲み薬と食生活の改善で、母にまたすこし変化がありました。

 

・顔のシミが少なくなった

・便秘が治った。毎日出る

・のぼせ、ほてりが治った

血圧が下がった

 

体質が完全に改善されました。

そのなかでも嬉しかったの、心臓病の大敵である血圧の低下。薬のおかげもあるのでしょうが、

しかし、

血圧が低下して安定したので、薬が半分に減りました。

 

それはなにより母の負担も減るし、主治医からも「食生活のおかげ」との言葉ももらえました。

 

きちんとつくるとなにがどれぐらい入っているか自分でわかるし、

生活が丁寧になる。

しかも、命の宣告がされた人でも元気に生きられて薬が減る。

 

やっぱり食事は大事なんだと、確信しました。

 

 

 

9.今の母

今となっては、退院後約3ヶ月経ちますが、体重は41.7キロになりました。

あまり急に増えると心不全悪化の原因になるので少しずつ増やしています。

 

それまで少し動けばフラフラに疲れていたのに、今は1人で近所のスーパーに歩いて買い物に行けます。

このまえのゴールデンウィークは、2人で海に行って美味しい海鮮も食べてきました。(醤油はかけなかった)

友達ともランチに出かけているようです。塩分の計算はしているみたいだけど。

 

そしてなにより、自分で野菜中心の食事を作る余裕も出てきました。

わたしも実家に帰ったときに作り置きしているけど、冷蔵庫の野菜室には野菜がたくさん入っていて、炒めたり出汁で煮たりして自分で作って食べているようです。

 

作戦成功です。

 

10.わたしの決意

一連の出来事で、わたしはどんなに食事が大事かということを身を以て学びました。

 

きちんと食べないと、どうなるか

まず食べたら、どうなったか

きちんと食べたら、どう変化するか

 

わたしはもう、こらからの人生で食べ物や食生活が原因で辛い思いをしたくもないしさせたくもありません。絶対に。

それに、

大事な人がバタバタと倒れていく、目の前からいなくなっていく、そんなのは極力経験したくないと思ってます。

それに、

両親が倒れると子供にどれほど迷惑がかかるか、自分の未来の子供にはそんな大変な思いは絶対にさせたくありません。絶対に。

 

だからわたしは、

食事で世の中が変えられれば

と割と本気で思っています。

世の中、までは無理でも、自分のまわりの人たちだけでも健康にしていきたい。

食べるもので人は変われるって信じてる。

 

だから、ほんと、綺麗ごとかもしれないけど、

最近こんな調子が悪い、疲れた、冷える、具合わるい、

なんて人達を助けたい!改善させたいアドバイスさせてって本気で思ってる。

だってそれは、未来に繋がることだから。

 

 

自分の人生は、絶対に自分のものだけじゃありません。自分のことだけ考えてたら、わたしの両親みたいになります笑

結果として、まわりが振り回されるんです。わたしみたいに。

まわりの人達、家族や仕事が大事なら、まず自分を大事にしないと道理じゃありません!

 

自分に厳しく、人に優しくなんて人間できない。

自分を大事にする人が、人を大事にできます。

 

だからわたしの決意は、

目の前の人たちを健康にすることです。

まずは、

元気になってくれた母の寿命を延ばしてみせます。

一緒に暮らす彼氏が毎日元気でいてくれるよう体調に合わせた食事を作ります。

 

 

亡くなってしまった父の分も。

そうすることで、父も喜んでくれると信じています。

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