食べてから、考えよう!

自分の周辺半径100人ぐらいを健康にするのが夢

東京駅で物乞いにあったときの話

 

 

今から1年半前ぐらいかな、

そのころわたしは仕事で東京への月イチ出張があって、

張りつめた場で毎回、怒られる・詰め寄られる・消される笑  の三重苦に悩んでいた。

 

 

 

あれはたしか寒い冬の日じゃった。

 持ち込んだ企画がわたしのミスにより初っ端から立て直しになり、その場に居合わせた上司約20人程から冷ややかな目を浴びせられた会議で、わたしはいつも以上に憔悴しきっていた。

 

もうこんな日はやけ食いだと半ベソかきながら、帰りの新幹線に乗る前に東京駅で駅弁1個と、とうもろこしがたくさんついた美味しそうなさつま揚げ1個を買って、もっとなんか買ってやる(´;ω;`)今日は新幹線の中ではずっと食ってやる(´;ω;`)と次に貪り買うものを物色していた。

半べそっていうか、ほとんど泣いてた。

 

 

 

東京駅の地下グランスタ。

なんでこんなに人がたくさんいるんだろう。

みんなどんな物語を持って、どんな仕事をしているんだろう。

ここにいる仕事帰りのサラリーマンのなかで、今日程のミスをした人はきっとわたしだけだろう。

みんなへのお土産を買う大勢の人たちを尻目に、わたしは自分自身のためのモノを買っていた。わたしのことを慰めてくれるのは、この目の前のモノ   だけだと思ったから。

 

 

まさにそのころのわたしは、

世界は自分のまわりだけだと思っていて、視野が狭かった時期だった。

 

 

 

仕事の重い資料と、駅弁1個さつま揚げ1個を抱えてグランスタ周辺の雑踏を彷徨っていると、

後ろから女性に声をかけられた。

 

 

「あの、すみませんが」

 

歳の程は、60代。

道案内かと思って振り返った。

 

「ああ、わたし、あなたみたいな方にお声がけしていいのかしら」

 

わたしを見て少し後悔したようだった。

 

「こんな若いお嬢さんにお声をかけるのは、初めてで」

「本当にお恥ずかしいのだけど、あなたが持っているその食べ物、わたしに恵んで下さいませんか?」

 

驚いた。

見た目は、そんな風に見えなかったから。

汚くない、むしろ小綺麗にしていて、声も推定年齢より高く、なにより言葉遣いが丁寧だったから。

 

宗教の勧誘かな?と思った。

けど、よく見てみると、服、あんまり綺麗じゃなかった。寒い日だったから、コートの上に少し汚れたストールを2.3枚重ねてた。でもそのストール、洗えばきっと良いものなんだろうなと分かるものだった。

この上品な女性に、一体何があったんだろう。

 

 

わたしは人生で初めての出来事にたじろいでしまい、一応立ち止まったけど無視して通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

モノ    を買う気は全く無くなってしまった。

物乞いをするなんて全く思えないような上品な女性。着ていた服の様子を見ると、たぶんそれまでは良い生活をしていたんだろうと想像がつく。何があったんだろう?

 

 

混乱する自分を落ちつけようと、駅のトイレに入って化粧を直した。

わたしはたまに、心を落ち着けるために化粧を直すことがある。

 

バッグを開けて化粧ポーチを取り出すときに、今日の会議でボツになった分厚い企画書が目に入った。上司達に呆れられているあの情景が頭に浮かんだ。

あのとき、消えて無くなりたかった。まわりからの無言の目が痛かった。せめて嫌味の1つでも言ってくれよと思った。

自分自身でさえ自分のことを信じられず、自分が自分じゃなかったらいいのにと思った。

 

口紅を塗り直している時に、あの女性のことを考えた。

いつからここにいるんだろう。何日食べていないんだろう。何人にああやって声をかけるんだろう。

あの雑踏で、あんなに大勢の人がいるなかで、見向きもされない女性を、今日の会議室のわたしと重ねた。わたしはこうして逃げて来られるけど、あの女性は逃げられない。

 

 

トイレを出てさっきの場所に行ってみると、まだ居た。

買い物袋をたくさん下げた中年のサラリーマンに声をかけ、いやいやいやすいませんと断られている最中だった。

遠くから見ていると、女性のまわりだけ変な空間が出来ていた。正確に言うと、出来ているように見えた。

世の中には、境遇は違えど同じ状況の人がいる。この人は、わたしだ。

 

 

 

「すいません」

って一度声がけしても気づかなかったから、肩を叩いた。

 

振り向いた女性は、

「先ほどのお嬢さん、」

と驚きながら、

「あなた戻ってきてくださったの?」

と今度は申し訳なさそうに驚いていた。

 

「これ、あげます」

わたしには、この一言発するので精一杯だった。

持っていた買い物袋を女性の前に差し出しても、

 

「いえ、でも申し訳ないから」

となかなかもらってくれないから、

 

「いいから、早くもらってください」

と無理やり手に待たせた。

 

これだけで精一杯だったから、すぐにその場を立ち去ったけど、女性は後ろから

「お嬢さんありがとう!わたし一生あなたのこと忘れない!お嬢さんありがとう!」

と、あの雑踏でも響く声量で叫んでいた。

 

 

 

人助けをしたなぁ、なんて思った。

良いことをして気分がいいなぁ、なんても思った。一瞬だけ。

けど、そうじゃなくて、なんだか晴れないモヤモヤを抱えたまま新幹線に乗った。

 

わたしは、女性があんなに喜んだ美味しいお惣菜をモノとしてしか見ていなかった。

トイレで直した口紅だって、モノだった。

頑張って作った企画書も、モノだった。

わたしが履いてる靴も着ているコートも、モノだった。

そんなモノが集まって成されたわたしは、まさにモノだった。

そして女性から1度目に声がけされたとき、まるでモノを見るみたいに女性を見た

わたしは、塗り固めただけで、なんも備わっていなかった。

備わっていたとしても、備えるモノを間違えてた。

 

 

あの女性は、駅のどこで食べるんだろう。

何日食べていなかっただろう。

また、あれだけで何日生きられるだろう。

 

こんなことを思うこと自体、あの女性のことを上から見ているという証拠だけど、答えのない途方もないそんなことをグルグル考えながら、帰りの新幹線に揺られた。

 

 

 

 

 

なにも備わっていないわたしでもモノを選べる世の中で、選べないまたはひとつもない人達がいる。

「こんな甘い戦略じゃあ売上予算は達成しない」とボツになった傍で、食べ物すら買えない人達がいる。

どんな環境でも、弱者がいるのはしょうがないんだろうけど、こうしたズレとはどう付き合っていけばいいのだろうと考えた。

見て見ぬふりなんていくらでも出来るけど、見ぬふりしたあとの自分の気持ちはどうあればいいのだろう。

 

 

それから後、何度か東京駅であの女性を探してみたけど、もう会えなかった。

どこか住む場所と毎食食べれる温かいご飯があって、欲を言うならあの綺麗なストールを洗える環境があればいいな、と心から願う。

一生忘れないって言われたけど、たぶんわたしもあなたのこと一生忘れられないと思う。

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