食べてから、考えよう!

自分の周辺半径100人ぐらいを健康にするのが夢

それが最低限の大人の責任

 

わたしは、日頃の食事や生活が1番大事だと思っています。

 

健康で調子がいい時こそ、1番に整えるべきは食事と生活だと本気で思っています。

 

なぜか。

その理由はひとつ。常識あるいい大人なら、

わたしの両親のようには絶対になるべきでないと思うからです。

 

わたしの両親は、

言ってしまえば勝手な親でした。

昔からです。

 

わたしが青年期といわれる年齢になるまで物質的経済的に不自由ない生活をさせてもらいました。

が、

精神的に大人だったか、尊敬できる親だったかと問われたら自信を持ってNO!です。

たぶん、世間的に言うと毒親です。

毒親エピソードを上げたしたらキリがないし、エゲツないので割愛します。

 

娘であるわたしにはキチンとした食事を一応用意してくれました。

しかし自分たちは、好きなものを好きなように食べている生活でした。

父はお酒とおつまみだけで生きているような生活。

母も同じくお酒とおつまみで生きているような生活。

2人の関係は最低最悪。

わたしが中学のころから家庭内別居。

 

 

サプリメントを飲んでいるからいいんだ、

好きなお酒とタバコをしてなにが悪い、

たまに野菜を食べても、それはコンビニのカット野菜。

 

その結果父は、重度の肝臓病で突然死。

母は、放っておいた高血圧で慢性心不全

 

自分だけ、で生きているなら誰も文句は言いません。

しかし、人間は、1人ではないです。

 

病気になることによって、

仕事では穴埋めのためにだれかが働いて迷惑がかかります。その人には家族もあるし、予定もあったでしょう。

病気の人の家族は、自分の生活を省みて看病や介護に徹さなくてはいけません。

 

わたしは両親のために、長い間犠牲になり続けていました。

それは2人が病気になるはるか前から。

 

幼い頃からひどい喧嘩を見てきました。

毎日母親の機嫌を取るのに必死でした。

年の離れた姉は、早々に実家を出たので我関せず顔です。

 

ピリピリしたムードの父と母を置いて、わたしまで実家を出たら2人はどうなってしまうだろう、という恐怖に何年間も襲われました。

その恐怖とは、2人が殺しあうのではないかという子供ながらの恐怖です。

 

なので、

行きたかった専門学校は実家から通える位置の学校にし、

その学校で頑張って、先生から東京の就職先を紹介されるも実家の2人が心配で断りました。

 

10年近く経っても覚えていてこうしてネット上に書くほどなので、たぶん一生根に持つものだと思ってます。

 

 

 

ある出来事がきっかけで、

実家を出て一人暮らしを始めて働きました。

はじめて、自分だけの空間がつくれ、それはそれは伸び伸びと生活できました。

2人への罪悪感はあったけど、月に2回〜3回実家に帰ってご機嫌取りをするという決まりを自分で作り、そのような生活をしました。

はじめた仕事はキツかったけど、わたしに合っていました。

彼氏とも同棲をはじめ、

離れた生活が板についてきたころ、

親が相次いで倒れました。

 

 

父の急死と、姉の急病と、母の命の宣告で

それまでのわたしの生活は一変しました。

楽しかった仕事は介護休暇をもらいましたが、休暇がなくなるころにいづらくなって辞めました。(そろそろ辞めどきだったからいい機会だったけど)

同棲している家になかなか帰れなくなり、彼氏との気持ちが一瞬離れました。

 

 

わたしは、実家に引き戻され、母と姉の看病に徹しました。

 

まわりの友達は、

旅行や買い物、または仕事がとても楽しそうです。

自分が少し前までそうした生活をしていたのもあって、とても羨ましく思いました。

結婚や育児をする友達も、「未来」を育てているので、忙しながらもとても楽しそうでした。

 

わたしにあるのは、父の「死」と母の寿命です。

幸い姉は回復しましたが、

 

悩みました。

落ち込みました。

わたしはどれほど、あと何年、この家でこの両親で、我慢をしなければいけないのか。

 

けどどうにか現実を固定する・認めるしかないので、納得のいくように気持ちを決めるしかありません。

わたしが結婚をして、子供がいればまた状況は違っていたかもしれない。こんなに、両親のために動かなくてよかったかもしれない。

 

 

前回のブログで書いたように、

母の体調は回復傾向にあります。

 

こなさなければいけない現実の最中にいるときは、目の前のことを片付けるのに必死で、深いところまで考えなくてよかった。

でも、

母の食事の作り置きをするたびに、

母を病院に送り迎えするたびに、

父の仏壇に線香をあげるたびに、

週イチの休みに実家への高速バスに揺られるたびに、

 

これは、しょうがないことなのか?

 

と、心が涙を流します。

 

親孝行をしています。

けど、わたし自身の生活は少なくともないがしろになっています。

それは、本当の親孝行と言うのか。

 

それでいいって思ってました。

恩があるから。

なんだかんだ言いつつも、両親は両親です。世界で1人です。

こうするのは、当たり前であり、世間の人より少しその時期が早かっただけだ、と。

 

けど、

わたしだったら。

自分の子供にこんな生活させるのは絶対に絶対に嫌です。

子供には、自分の好きなことを伸び伸びとやってほしい。それは、世の親すべてがそう思っているのではないでしょうか。

 

 

子供のことが、大事なら、

自分のことも大事にしないと大人失格だと思います。

子供にはちゃんとしてあげてるからいいや、

わたしが病気になるはずがない、

という慢心は、

いつか行動になって、いつかもっと取り返しのつかないことになるはずです。

 

子供が居なくとも、

自分にとって大事なパートナーがいるなら、

やりがいのある仕事を持っているなら、

絶対に自分のことも大事にするべきだと思います。

それは、大人の最低限の責任

だと思います。

 

自分のことを大事にするとは、わたしの両親のように自堕落する、という意味じゃありません。

人間の生活を繰り返すということです。

 

自分の体を見つめた生活をして、

それを繰り返して、自分を整えて、

仕事に支障をきたさない

パートナーや子供に迷惑をかけない

ことだと思います。

 

いい大人なら、これぐらいするべきです。

当たり前です。

これが出来ないのは大人じゃないと思います。

それは子供です。

子供は、自分で食生活を整える、ということは出来ないから。

 

人間の生活を繰り返すのが、「無理してる」状態になるなら、生活のどれかにストップをかければいい。

 

仕事をしているしていない、

子供がいるいない、に関わらず、

世の中という組織に属しているなら、

自分の体調を整えるなんぞ当たり前の責務です。

 

 

自分勝手な人の犠牲になる人が、増えちゃいけない。

自分勝手な人ばっかり、いい思いするなんて道理じゃない。

ましてや子供は絶対に絶対に絶対に犠牲になるべきでない。

 

親がどんな人であろうとも、

うちみたいな毒親だったら尚更、

子供は犠牲になっちゃいけない。

 

 

 

わたしの両親のそのまた両親(わたしの祖父母)はそれぞれ立派な人でした。

しっかりした食生活と環境で、自分の娘や息子を育てました。

88歳の祖母は、長年のその生活のおかげで

入れ歯ナシ

老眼ナシ

飲んでる薬はひざ痛と腰痛のものだけ

という健康ぶりです。不便は、耳が少し遠いぐらい。

 

そんな自分の両親の教育をしっかり受け止めずに、自分は好き勝手な食生活を繰り返すわたしの両親は、

それこそ正真正銘の親不孝です。

 

 

 

 

 

生活や体調の問題は、行き着けば必ず食事の問題に通じます。

それはだれか有名な人もそう言っていたけど、

わたしはそれをこの目でみて、本当だなと確信しました。

 

たとえどんなに質素でも、ちゃんとした人間の生活を繰り返して、食生活を整えている人は、

きっと所作も綺麗なはずです。

信用したいな、と思う人はそんな人です。

 

 

繰り返し思うけど、

忙しいならコンビニのお弁当食べたって、食べずにベッドにダイブしたって、いいと思う。

けどそれを人間の生活にしちゃいけないと思います。

それが最低限の大人の責任だと、わたしは思うからです。